ジョニー は 戦場 へ 行っ た 看護 婦
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。 映画でご存知の方の方が多いかもしれない。回想シーンがカラーで、現実はモノクロという表現。この本ではまったく違う表現ながら、むしろリアルに感じることができた。第一部「死」そして第二部「生」と分かれているが、ジョニ−の心の動きと反比例するように事態は進行していくように思える。 意識の混濁。過去の記憶。現実を認識するまでの浮き沈み。むしろ混沌とした表現だからこそ、私たちは追体験することができる。手足を失い、顔を失い、それを認識していくときの悲しみ。その合間に挿入されるのは、恋人や家族との何気ない日常のエピソード。普段の生活がいかに貴重なものだったのか。夢からさめたジョニ−は自分の身体の変化に気づき、いったんは絶望する。 だが、ジョニーはやがて足音から看護婦の訪問を感じ取り、自分なりの時間の測り方を身につけ、外界とのつながりを懸命に求めて行く。「偉い人」を目の前にして、彼が訴えたメッセージは…ぜひラストを読んでほしい。 戦争の現実は、ひとりひとりの犠牲。戦死者○名と数で語られることの真実は、ジョニーのような、ひとりの青年が身体と精神を失うことにあるのだということをつきつけてくる本。戦争報道が毎日されている今だからこそ、読みたい本である。
Johnny Has Gone For Soldier ジョニーは戦場へ行った - Youtube
戦争によって"意識ある肉塊"と化したひとりの青年を描いたD・トランボの小説を自身の脚色・初監督で完成させたトランボ渾身の反戦ドラマ。ジョーは今、野戦病院のベッドで静かに横たわっている。第一次大戦の中、彼はほとんどの器官を失う大怪我を負いここに運ばれてきたのだ。真の暗闇の中でジョーは想う。釣り好きだった父と過ごした日々や、出征前夜に恋人と交わした愛の営み……。やがてひとりの看護婦がジョーの胸に書き記した文字によって彼は外界との繋がりを持つのだが……。 allcinema ONLINE (外部リンク)
ジョニーが凱旋するとき - Wikipedia
足も! 顎も! 舌もない! 感覚のほとんどが奪われたと気付き絶叫するシーンは・・もうこちらも気が狂いそうなほど彼が可哀想で嗚咽しそうになるほどだった・・。 こういう映画の創り方をする監督の凄さ・・。 そうした状況の中に・・看護婦長がやってきて「窓を開けなさい」と指示する・「その指示は軍医から受けていない」と返答する看護婦に婦長は「看護の責任者は私です」と毅然と言い切り窓を開け・・太陽の光を窓から差し入れる・・・。 肌に感じる・・あたたかい陽のぬくもり・・・これは・・太陽だ・・!